「空が…キレイだねぇ…」
緑の絨毯が広がる小高い丘に並んで寝そべっているヒトミとコウタ。
ゆっくりと雲が流れる青空を観ながら、ヒトミは呟いた。
「ね」
ヒトミが隣にいるコウタに頭を向けた、が、
「ねぇってば」
コウタはとぼけた寝顔で空を仰いでいた。
ヒトミは半身を起こして、コウタの肩をゆさゆさとゆすった。
とぼけた寝顔がゆさゆさ揺れる。
「あ、あぁ、ふあぁあ…、……おはよう」
コウタが大きく伸びをした後に泪を拭きながらヒトミに応える。
「おはよ」
ヒトミが笑顔で応えると、
「あと何分?」
コウタは寝ぼけ顔で訊いてきた。
「えと、5分くらい」
ヒトミがスカートのポケットから携帯電話を取り出して時間を確認すると、
「あー…、さぼっちゃったねぇ」
ヒトミが二つ折りの携帯電話を”ぱたん”と閉じて呟いた。
「俺はいつも通りだけどな」
頭の後ろで手を組んで寝ころんでいたコウタが軽く笑いながら言った。
「出席日数大丈夫なのぉ?」
「大丈夫。その辺に抜かりはない。毎回こんなことしてるわけでもないし」
「ホントにィ? あと友達がノート見せてくれなかったらどうするんだよ。まぁ、こういうのもたまには良いものだけど」
「だろ?」
「うん。年に一度くらいは」
少し得意気に言うコウタに笑顔で釘を刺す。
「そんなもんで良いよ。普通は」
「普通はさぼっちゃいけないんだよ」
「まぁなぁ。…授業出たかったのなら、出てたら良かったのに」
「そんな気を遣うなら誘わないでよー」
「あー、悪かったな」
「良いの良いの。私、数学嫌いだし、受験に関係ないし。それに、…空がキレイだし」
ヒトミが風に揺られる長い髪を抑えながら空を仰ぐ。つられてコウタも体を起こした。
「まぁな。俺もわざわざ雨の日にこんな所に来ないからなぁ」
「雨の日はどうしてるの?」
「おとなしく授業に出てる」
「あはは。偉いじゃない」
「寝てるけどな」
「そんなことだろうと思ったよ」
「私も、雨降ってる空より今日みたいな空が良いかな。空の青と雲の白のコントラストが素敵で…」
「ほら、白い月」
と、ヒトミが空を指さす。その先には青白い月がぼんやりと浮かんでいた。
「あー…、ほんとだ」
「また月に…行きたいなぁ」
「行ったことあんの?」
「うん。あるよ。中2の頃だったかな」
「でも、今はちょっと無理だな」
「そうなんだよねぇ。空はこんなにキレイなのに…宇宙で、戦争やってるんだよね」
「結構、長い間やってるよな」
「ねぇ。なんだっけ。どっかの国が宇宙から地上を攻撃できる兵器を打ち上げたんだっけ?」
「それが始まりらしいけど、今はどうなってるのかよくわからないんだよなぁ」
「真上でやってるかも知れないのに、目に見えないから実感無いし」
そうは言っても、昼夜を問わず空を見上げると時々星とは違う光が見える。何も知らずにその光を見ると星と同じきれいな光。しかし、その光の意味を知ると、それは他ならない戦火の光。テレビで毎日報道されている非現実的な事実。しかし空を見上げれば、その事実と容易に直面出来るのだった。
「どこの国だったか…兵器の残骸が落ちてきて人がたくさん死んだよな」
「やだ…そんな話しないで」
「怖い?」
「怖いよ…」
そう言うと、ヒトミはコウタの肩に体を寄せた。
「あのね」
小声で、甘えるようなヒトミの声。
「何?」
そしていつも通りの、ヒトミにとっては”優しい”、コウタの声。
「月ってね地球みたいに青い空もないし、星はたくさん見えるんだけど空気がないからどれ1つ瞬かないの。最初、ちょっと怖かった」
「でもね、勇気を振り絞って宇宙服を着て外に出てみるの。で、ちょっとステップを踏むと…”ふわっ”て体が浮かび上がるの」
「楽しいよ。とっても。なんだか、うさぎになったような気分だった」
「あのね。きっと戦争はすぐに終わるから、そしたら、一緒に月に行こ? うさぎ饅頭とかうさぎサブレとかのお菓子も美味しいんだよっ!」
次第に、明るくなるヒトミの声。笑顔が戻るヒトミの表情。
そんなヒトミの話を黙って聴いていたコウタは、青白い月を見つめたまま言った。
「あぁ、行くか。卒業旅行にでも」
ヒトミは”うんっ”と軽快に頷いた。
しかし、次の瞬間、青白い月を見上げるコウタの表情に、ヒトミは笑顔を奪われた。
「……なんだあれ」
コウタが思わず立ち上がる。それにつられてヒトミも立ち上がった。あっけにとられた様に何かを見つめるコウタの視線を追いかけたヒトミは、思わずコウタの上着の袖を握りしめた。
オレンジ色の炎。オレンジ色の炎が空から地上へ、ゆっくりと、落ちてきていた。
音もなく、ただただ淡々と、静かに、ゆっくりと。
『どこの国だったか…兵器の残骸が落ちてきて人がたくさん死んだよな』
さっきのコウタの言葉が、ヒトミの頭の中に響く。
体が震える、唇が震える、声が出ない。
コウタの手がヒトミの肩を”ぎゅっ”と抱きしめる。
ヒトミの瞳が”ぎゅっ”と閉じられる。
そして次の瞬間、ヒトミはコウタの手を振りほどくように背伸びをした。ヒトミの唇が、コウタの唇に届いた。
炎は、青白い月を横切った。
それをコウタは冷静に受け止め、そしてゆっくりと、瞳を閉じた。
風が”さあっ”と流れてきた。
風はヒトミのまぶたの裏から流れ出ようとしていた泪を優しく受け止め、長い髪を揺らした。足下の小さな草花も、つられて踊る。
コウタがヒトミの髪を優しく撫でると、ヒトミはゆっくりと唇を離して、泪目でコウタの瞳を見つめた。
「大丈夫。途中で燃え尽きてくれたみたい」
コウタが笑顔で言ったそんな言葉を聞いて、ヒトミはその場にへたり込んだ。
「おいおい。大丈夫かよ」
そう言ってコウタはヒトミに手を伸ばす。
「私ね…」
「何?」
「正直さっきの瞬間、”死んでも良い”って思っちゃった」
「馬鹿なこと言うなよ」
「…だって……!」
今にも、泪が溢れんばかりの泪声。それを、”優しく”、コウタが遮った。
「行くんだろ? 月に。卒業旅行が楽しみだ」
「…うん」
風に乗って、学校のチャイムが聞こえてきた。一気に、どこか遠いところから、普段いるところに引き戻された感覚。
「さて、戻るか」
「うん」
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