GECKA_INTERLUNA_WORKS
NOVELS

暑中お見舞い申し上げます
 山の稜線の向こう側に、大きな大きな白い入道雲がふくらんで、青い青い空の色とのコントラストがとてもきれいだった。
 そんな白と青におおわれた空には、暑くてまぶしい日差しを降らせる太陽。私たちが背にしてくつろいでいる木の下からは、木もれ日としてきらきら輝いて見えた。
 木もれ日を自分の手をかざして見あげる私の隣では、友人の加南子が静かな寝息を立てていた。
 今日はとても暑い日だけれども、河川敷のこの木の下では、おおい茂った緑の葉が暑くてまぶしい日差しをやわらげてくれるし、川からは涼しい風が運ばれてくる。ここは街の真ん中だけれども、そんなことを感じさせないくらい、まるで砂漠のオアシスみたいな場所。そんな場所を、私も加南子も大好きだった。

「まぁ、みぃ…」

 隣で寝息を立てていた加南子が寝言みたいな声で私の名前を呼んだ。

「なに?」

「まぁ、みぃ…さぁ…」

 やっぱりただの寝言だろうか、加南子の口は目を開けずに動いていた。
 でもしばらくすると、加南子は小さく体をよじらせたあと、両手をあげて大きくあくびをしながら伸びをした。そして加南子の目がゆっくりと開かれて、次は手で辺りを探りはじめた。

「……なにやってんの…?」

 私が不思議そうに訊くと、

「めがね…めがね…」

 眼鏡を…探してるようだった。
 私は軽く笑いながらため息をついて、

「かけてるよ」

「あ」

 加南子は少しびっくりしたように、少し恥ずかしそうに、自分の顔にかけられた眼鏡を確認した。

「寝ぼけてるねぇ」

 加南子はそう言って私に笑顔を見せた。
 そう言う加南子に私は、

「いつものことじゃない」

 と、いつもの様にからかってみる。加南子はいつものように短く切った髪をを指先でいじりながら微笑んで見せた。

「あぁ、そうそう、あのさ、真実」

「なに?」

「暑いよねぇ」

 私に笑顔を見せる。妙に、不敵に見えた。

「あ、暑いねぇ」

 そんな不敵な笑みを浮かべる加南子に、少し訝しげに返す。ちょっと嫌な予感。

「アイス買ってきて」

 満面の笑みの加南子。

「いや」

 何で私が買ってこなけりゃならないのさ。

「えー」

 それでも不機嫌そうに抗議する加南子に私は、

「アイス買うんならさ、一緒に行こうよ」

 と、ごく普通の提案をしたけど、

「えー」

 それでも不満げな応えが返ってくる。

「…なにさぁ」

「私、ここから動きたくなぁい」

「……」

 それでも口を尖らせて抗議する態度にはさすがに閉口する。加南子が夏の暑さに弱いってのは知ってる。私も暑さに強い方じゃないから気持ちもわかるけど。

「だからぁ」

 加南子が瞳を潤ませて懇願してきたけど、

「じゃ、ずっとここで涼んでりゃ良いじゃない。夕方まで」

 私が1人で買って来なきゃいけない理由がわからない。

「えー。真実はアイス食べたくないの?」

 加南子がさらに不満そうに口を尖らせる。

「んー、別にどっちでも良いかなぁ」

 実際、どっちでも良いよ。

「どっちでも良いなら買ってきてよぉ」

 加南子がそう言いながらTシャツの裾を引っ張ってくる。

「だから一緒に行こうって。どうせコンビニ行ったらクーラーきいてるし」

「んー…」

 私が説得しようとしても、加南子はうなるような声を出しながら正面を見つめるだけだった。どうも、木陰と日向の境界を見つめているようだった。

「暑そうだなぁ」

「ちょっとくらい我慢しなよ。コンビニまでそう遠いわけでもないし」

 私がそう言い終わるかどうかというとき、頭上からけたたましい音が響いてきた。

 セミのこえだった。

 私たちはゆっくり頭上を見上げた。セミの姿は見えなかったけど、確かにこの木のどこかからか元気の良いセミの声が響いていた。

 これが、私の中でちょっと良いきっかけになった。
 ぼうっと頭上を見上げている加南子の腕を不意を付いてつかむ。加南子は驚いて小さく悲鳴をあげたけど、かまわずそのまま木陰の中から引っ張り出した。

 暑くてまぶしい日差しが私たちに降り注ぐ。思わず目を細める。

「な、なにすんだよ、真実…」

 加南子がそう言うと、

「暑いねぇ。アイス買いに行くよっ」

 私は手を離して、少し大きな声で言った。

「え…?」

 加南子は少し驚いたような表情。

「私について来たら好きなのおごったげる」

「え、いいのっ?」

 加南子の表情がぱっと明るくなる。この日差しに負けないくらいに。

「良いよ。暑中お見舞いってことで」

「よっしゃあ! 行くぜ!」

 さっきまであんなに暑さに弱さを見せていた加南子が、急に元気になって私の前を駈けていった。

「え、あ、待ってよぉ」

 急に駈け出すものだから、少し戸惑った。

「ほぉら、早くぅー! 強い日差しはお肌の大敵ー!」

 振り向いて加南子が言う。

 そう言えば夏はそんな季節。そこんとこちょっと嫌。

 でも、そんな夏だけど、暑い暑い夏だけど、暑い暑い夏が私たちに元気をくれる、ふしぎな季節。

 雲の白と空の青。元気に響くセミの声。
 木陰の涼に、輝く木もれ日。
 冷たいアイスと加南子の笑顔。

 私も負けじと後を追う。相変わらず日差しは暑くてまぶしい。
 けど、心の中はとても涼やかな気分で、さわやかな潤いを感じていた。


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